LAS Production Presents
Soryu Asuka Langley
in
starring Shinji Ikari
and Rei Ayanami as Misty Girl
Written by JUN
Act.2 R E I
- Chapter 5 -
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シンジは腰をさすりながら立ち上がった。
「酷いよ、アスカ。いきなり殴りつけるなんて」
レイを優しく抱きしめているアスカは、そのままの姿勢でつっけんどんに言う。
「はん!乙女の柔肌にぼけっと見とれるからよ!このスケベ、エッチ、変態!」
「だって、突然だったから」
「ごめんなさい…」
「アンタが謝ることないの。この馬鹿シンジはねぇ、私と初めて会った時もいきなりビキニのTOPを引き千切ったのよ!」
「まぁ」
レイが目を丸くした。
とてもそんな風には見えないからだ。
「ち、違うよ、あれは事故だよ。事故!」
シンジが汗をかきながら力説する。
そして、そのときの状況をアスカが面白おかしく説明し、シンジが弁明に努めた。
レイと冬月は次第に顔が綻び、そして声に出して笑い出した。
そんな二人を見て、アスカがシンジに笑いかけた。
シンジも頷き返す。
やがてレイの笑いが収まるのを待って、アスカが質問した。
「で、どうして隠れて住んでたのに、私たちに声をかけたの?」
すると、レイは俯いて小さな声で言った。
「寂しかったから…」
「でも、どうして私たちだったの?」
「とても、可愛らしかったから。子供みたいに」
「子供ぉっ?」
アスカが唇を尖らせた。
「何かそれって褒められてるんだか…」
「ごめんなさい。でも…凄く微笑ましかった。
貴方達のようなカップルになりたかった…」
「お嬢様…」
「じゃ、アンタにも恋人がいたの?」
こくんと頷くレイ。
「で、アンタの姿を見て…」
アスカが言いかけた言葉に、レイが大きく首を左右に振る。
「違うの。私が逃げたの」
「お嬢様、何度も申し上げていますが、あのお方はお嬢様のことを真剣に愛しておられます」
ふるふると首を振るレイ。
「でなければ、毎年この海岸に現れるわけはございません。
今年も私の勤務先の駐車場にもよく顔を出されています。
この付近にも…。お嬢様を探しておられているのに決まっております」
レイは掌で耳をふさいだ。
自ら身を退いたのだ。今更あの人の好意に甘えるわけにはいかない。
アスカはシンジと顔を見合わせた。
「その人って、アンタの身体のことを知ってるの?」
レイは答えない。
代わりに冬月が口を開こうとした。
その時である。
「知ってるよ。全部ね」
扉がゆっくりと開いた。
そこに立っていたのは、渚のシンドバットと噂されるカヲルであった。
「ち、ちょっと!アンタの恋人って、この色魔?」
「色魔は酷いなぁ…。この人が消えてしまってできた心の穴を埋めるために、美しいものを追い求めていただけさ」
「ひっどぉ〜いっ!どうして、ずっと探さないのよ!そんなの言い訳じゃない!」
「言い訳…か。そうだね、その通りだ。そう言われてしまうと何も言えないね」
カヲルは戸口に立って、ずっとレイから目を離していない。
そのレイは、俯いたまま絶対にカヲルを見ようとはしない。
さらに言い募ろうとしたアスカだったが、その腕をシンジが優しく掴んだ。
そして、少しだけ微笑みながら首を振るシンジ。
アスカは黙った。
もっと言いたかったが、ぐっと言葉を押さえ込んだのだった。
「探したよ、レイ。やっと、見つけた」
レイは耳から掌を外そうとはしない。
「どうして僕から逃げたんだい?そんな火傷がどうだっていうんだよ。
お金持ちじゃなくなったからかい?僕はそんなこと気にしないよ」
カヲルの赤い瞳は少し潤んでいるように見えた。
レイよりは軽度だが、やはりアルピノのカヲル。
「僕だってお金持ちなんかじゃない。ここに来るためには、ずっとバイトをしないといけないんだ。
4年前に初めて君に出会ったときから、僕の心は君のものなんだよ」
そのカヲルの言葉を聞いたとき、アスカは自分に向かって言って欲しいと感じた。
もちろん、カヲルにではない。
では…誰に甘い言葉を囁いて欲しいのだろうか?
アスカは隣に座っているシンジをちらりと見た。
コイツに…?
まさかね…。
アスカは心の中で打ち消した。
シンジにそんな言葉は似合わないし、言われたって嬉しくなんか…。
本当にそうなのかを考えようとした時、レイがいきなり立ち上がった。
「帰って!帰ってくださいっ!」
掌で顔を覆って、レイがカヲルの身体を突き飛ばすように扉に向かう。
その勢いにカヲルがよろけた。
扉を開き、廊下に出ようとしたレイだったが、その身体は外にいた誰かに抱きとめられたのである。
「きゃっ!」
新たなる参入者に全員の目が集中した。
そして、その参入者はこともなげに言葉を発したのだ。
「あら?お邪魔だったかしら?」
ややこしい時に、またややこしい人間が…。
アスカは瞑目した。
また、近所の魚屋からバイクを借りたのだろう。
頭に白ヘルメットをかぶったリツコが、しっかりとレイを抱きとめている。
レイは逃げ出そうともがくのだが、意外に強いリツコの腕から逃れることができない。
しかし、そのリツコは自分がレイを抱きとめていることをまったく意識していないように見える。
「もう…探したわよ、アスカ。あんなにいい条件なのにどうして呑んでくれないのかしら?」
「は、離して!」
「少し静かにしてくれない?大事な話をしてるのだから」
リツコのことを知らないカヲルと冬月は、あまりに奇妙なその言動に身動きすらできずにただ呆然としている。
「ねえ、アスカ。条件って何?」
「だ、黙ってなさいよ!」
「あら、アスカから聞いてないの?水着の代金の代わりに貴方をいただくって話なんだけど」
「げっ!ぼ、僕を?」
「大丈夫。たとえ何億円積まれてもアンタを渡しはしないから!」
「え…」
シンジはアスカの横顔を見た。
何者にも負けないという意志がすらりと通った鼻筋に満ちている。
それに自分のことを何億円積まれても渡さないってことは…。
シンジは期待してはいけないと思いながらも、アスカの言葉に希望を持ってしまった。
もしかして、僕のことを…。
シンジのそんな淡い希望はリツコに鼻で笑われた。
「何億円?あら、誰がそんな大金をこんな男の子に払うって言うの?馬鹿らしい」
「ば、馬鹿らしいぃっ?」
アスカの口から炎が見えた。
その場にいた誰もがそう証言している。
「そうよ、馬鹿らしいわ。水着代でも高いくらいよ」
「あ、アンタね!人一人の値段が水着より安いって言うのっ!」
アスカは叫んだ。
凛々しいばかりの表情だった。
まるで映画のヒロインのようである。
シンジはアスカに惚れ直した。
「そうね、時給750円くらいじゃないの?」
「はい?」
沸騰した部屋の空気が一瞬で冷めた。
「あら。安かった?でも、1000円ってことないでしょ」
平然と言ってのけるリツコ。
「時給って…まさか…」
「私の身体にサンオイル塗るアルバイトだけど、何か可笑しい?」
部屋の時間が静止した。
たっぷり30秒が過ぎた後、アスカが吹き出した。
「あははっ!ば、バイトだったの?そ、それならそうと言いなさいよっ!」
「あら、言わなかったかしら?」
「い、言ってないわよ!全然!」
首を捻るリツコ。
だが彼女のおかげでメロドラマのクライマックスが完璧に中断されてしまった。
毒気が抜かれてしまったのだ。
そして、ここにも毒気が抜かれてしまっているのが二人。
ケンスケとマナである。
カヲルにワル3匹をやっつけてもらい、民宿への道を歩んでいるところだ。
といっても、ケンスケの身体はボロボロなので、その歩みは非常に遅かった。
マナが肩を貸すと言うのをケンスケは拒否し、歯を食いしばりながら自分の力だけで歩いている。
その後ろをマナは壊れたカメラを手に所在無げについていく。
つまらなさそうな顔をしてはいるが、手にしたカメラはとても大事そうに持っている。
さっきまでの急展開からの帰途だけにどちらかというと放心状態の二人だったのだ。
ただ、マナのケンスケを見る目が若干好意的なものに変わってきているのは事実である。
道の半ば辺りまできた時、マナは急にケンスケと話をしたくなった。
「ねえ、このカメラ直る?」
「わからないな。明日カメラ屋に持っていくよ」
「私も行く」
ケンスケの足が止まった。
「どうしてだよ」
「だって、あれって私のためにわざと壊したんでしょ」
ケンスケは考えた。ここで恩を売っておくべきだろう。だが、何故か彼は逆の言葉を吐いたのだった。
「違うぜ。買いかぶるなよ。そんなんじゃない」
馬鹿だな、俺って。
どうしてこんなところで粋がるんだろう?
自嘲するケンスケは、突如背中に受けた衝撃に地面に膝をついた。
「い、痛っ!」
衝撃を与えた主を振り返ると、腕組みをしてじっとケンスケを睨んでいた。
「アナタがもてない理由がよぉくわかった。カッコよくないのに、カッコつけすぎ!」
「じゃ、何て言えば良いんだよ!君のために高価なカメラを犠牲にしたんだ。だから俺と付き合え!」
ケンスケは大声を上げた。
しかし、次の瞬間には彼はいつもの調子に戻っていた。
「そんなこと言える訳ないだろ」
「どうして?言えば女の子は喜ぶよ」
「そんな…もんなのか?」
「全部がそうじゃないとは思うけど、でもあんな後じゃ興奮してるから、そんな派手な言葉の方がいいんじゃない?」
「そして、すぐに別れるんだろ?ほら、極限状態でくっついたカップルは長続きしないってよく言うだろ」
「へぇ…」
マナは意外なものを見るように地面に胡座をかいたケンスケを見下ろした。
「何だよ、その顔は」
「それじゃ、アナタは私のこと、夏の間の遊びの相手って思ってるわけじゃないんだ…」
「えっ…!」
俺、そんなこと言ったっけ?
でも、そういうことかもしれない。
マナは手元のカメラを眺めた。
「アナタ、カメラマンになりたいの?」
「ああ…できれば…」
「そんなんじゃ、ダメね」
「どうしてだよ」
「だって、何が何でもなるんだって気持ちがないとダメだよ」
「そんな甘いもんじゃないぜ。カメラだけで食っていけるのなんてごく一部だ。ヒモみたいな生活してるのだって多いんだ」
「へえ、じゃアナタもしっかりした奥さん探さなきゃ」
「ふっ……」
どうしてそんな話になるんだよ。
ケンスケは視線を地面に落とす。
「私には無理ね。うん、絶対に無理だ。男を食わせてあげるような甲斐性ないもん」
「そうだな」
「他を当たってよね。あ…」
「?」
言葉を突然切ったマナに、ケンスケは顔を上げた。
「その代わり、モデルになってあげる」
「モデル?」
「そう、モデル。とりあえず、助けてもらったんだし」
「助けたのは、シンドバットだろ…」
「アナタも頑張ってくれたでしょ。だから、写真撮らせてあげるわ」
マナはニッコリ笑った。
いい笑顔だ。
カメラが壊れているのが惜しい。
ケンスケは心の底からそう思った。
「もちろん、ヌードとかは絶対に撮らせませんからね!
それからモデル料もいただきます」
「げっ!」
「そうね、浜茶屋のお昼御飯でいいわ」
「お、お前一人だぞ」
「ケチ。まあ、いいわ。そのかわり、明日から毎日ね」
「それは…毎日撮らせてくれるってことか?」
「あ、そうなっちゃうんだ。まあ、ケースバイケースってことで」
「ふぅん…」
悪い話じゃない。
いや、願っても無い話だ。
「さあ、行こうよ。あいつ等が追っかけてきたら一巻の終わりだよ」
「そうだな」
ケンスケはよろよろと立ち上がった。
民宿に置いてある予備の二号機のスペックでどれだけの写真が取れるのか考えながら。
何しろ、カメラ本体の値段が壊れた一号機の1/3以下だからな…。
二人の距離は明らかに縮まっている。
少なくとも、このときマナの頭にはシンジの存在などもはや欠片も無かった。
そのシンジはだらしなく口をあけたまま、リツコの言葉を反芻していた。
リツコさんの身体にオイルを塗るアルバイト…。
数日前までの自分なら、踊りあがって歓んでいたところだろう。
今日見た水着姿は、その外見からは想像もできなかったほどセクシーだったからだ。
だが、今のシンジにはアスカ以外の女性は見えない。
「アンタ馬鹿ぁ?どうしてシンジなのよ」
「それは、シンジ君がゴッドハンドだからね」
「ゴッド…神の手?」
「そう。今日、アスカの身体にサンオイルを塗っていたでしょう?
あの時のアスカの表情ったら至福そのものって感じだったわ。
そんなに巧いのなら、シンジ君を少し貸してもらおうと思って」
リツコがレイを抱きとめたまま、しらっと言う。
アスカは脱力した。
わざわざ民宿に来てわけのわからない事を言ったのはそういうことだったのか。
その上、そのためにこんなところまで追っかけてきて…。
どうもこの女性は私の物差しじゃ計れないわね…。
「話はわかったわ」
「そう?貸してくれるの?」
リツコがにやりと笑った。
「それは話が別。アンタ、場の空気って読めないの?」
「場の空気…って、何?大気の構成物のこと?」
ああ、理系人間だ、リツコは。
アスカが嘆息した時、レイがようやく逃げ出そうともがき始めた。
「あら、何?そんなに動いたら…」
レイの襟が開いた。
そこから覗くケロイド。
その瞬間、リツコの眼が光った。
「きゃっ!」
「ぐわっ!」
最初の悲鳴はリツコに服を剥ぎ取られたレイの悲鳴。
次の悲鳴は、アスカに再び頬を張り飛ばされたシンジのものだ。
「見るなって言ったでしょうが!」
「ひ、酷いよ。すぐに目を瞑ったじゃないか」
「コンマ5秒遅い!」
「そんな…」
その間、リツコはケロイドを撫でたり、目を近づけて観察していた。
「や、止めて!服、返して」
「どうして、治さないの?」
顔を上げて、白ヘルをようやく脱いだリツコが怪訝な顔をする。
恋人の無残な姿に眼を潤ませているカヲル。
一番見られたくないカヲルにその姿を見られて、絶望感に包まれているレイ。
その二人にはリツコの言葉が耳に入らなかった。
「どちら様かは存じませんが、お嬢様の火傷の痕はもう…」
「治るわよ」
リツコが当然という感じで断言した。
「ちょっと!リツコ、アンタいい加減なこと言って!」
「あら?私は生まれてこの方いい加減なことを言ったことはありません」
シンジのオイルバイトの一件は“いい加減”ではなかったのかと、アスカは思った。
しかし、リツコの頭の中では自分の言葉が理解できない他人の方がおかしいのだろう。
「お医者様は匙を投げられて…」
「ヤブね、そいつ」
「いえ、国立新東京病院の有名な先生でして」
「ああ、あの馬鹿ね。能無しの癖にあんなに威張って」
カヲルはすっとレイに近寄ると、床に落ちたレイの服を拾い肩に掛けてあげる。
すると、あれだけいやがっていたはずのレイがカヲルの胸に頭をつけた。
見られてしまった所為で、気力が失せたのだろう。
「リツコ、ホントに治るの?」
「そうね、アルピノの火傷って症例が少ないからいいサンプルにもなるし」
「サンプルって!」
「ああ、そこの君」
「僕かい?」
「そう、君の皮膚もらえる?移植に使うから」
「それでレイの身体が治るなら、全部剥がれてもいいね、僕の身体なんて」
レイはその言葉に顔を上げると、激しい勢いで首を振った。
「馬鹿ね。ホラー映画じゃあるまいし。
ただ、2年…いや3年はかかるわね」
リツコは冷然とした眼でレイを見据えた。
「あ、あの…、本当にお嬢様の身体が…?」
「しつこいわね、私が治るって言えば治ります」
「あの、私どもにはその…治療費が…」
「治療費ってお金のこと?」
いかにもくだらないという感じで、リツコは肩をすくめた。
「そんなの要らないわ。サンプルだって言ったじゃない」
「ほ、本当でございますか?」
「ちょっと待ちなさいよ。リツコ、アンタ本当にそんなことできるの?」
「できるわよ」
「国立新東京病院の医者が匙投げたのよ」
「だから、あそこの連中は馬鹿揃いで…」
「そんな大きいこと言う資格がアンタにあるの?」
アスカも実際には期待していたのである。
ただ、話が巧すぎる。
こんなピントのボケた人間を信用していいのだろうか?
「私を知らないの?」
アスカが頷いた。
「あらあら、びっくりした。そんな人間がこの世にいるなんて」
どうやらリツコは天動説のようだ。
常に世間は自分の周りを回っているらしい。
「仕方がないわね。信用できないなら、携帯で確認すれば?」
「誰によ?」
「貴女のお父さん。新聞社なんでしょ。当然私を知ってるはずよ」
「当然って、アンタそんなに有名なの?」
「別に名前を売り込んでるわけじゃないけど、煩いのよね、あの連中」
アスカは眉間に皺を寄せて携帯電話を取り出した。
リツコってまさか誇大妄想狂じゃないでしょうね…。
「あ、パパ?私、アスカ。
あのね、リツコ…赤木リツコって知ってる?」
野太い男の声が漏れている。
アスカは携帯を耳から離すと、リツコの顔を見た。
「ネルフ生化学研究所の赤木リツコ博士…?」
リツコは軽く頷いた。
「パパ、そうだって言ってるけど…」
その瞬間、携帯が壊れるのではないかという勢いでハインツの声がマシンガンのように響いた。
「ち、ちょっと、パパ落ち着いてよ。何言ってるのかわかんないじゃない」
さすがにアスカが焦っている。
このときばかりはハインツも父親の顔ではなく、ブン屋の大将になっていた。
しばらくして落ち着いた父親からアスカはリツコの情報を聞き出した。
マスコミ嫌いの超天才科学者。
医学界の常識を次々と塗り替えていっている女性。
本人には研究しか頭に無く、取材も拒否されていると…。
「アンタ、凄いヤツだったのね」
アスカが唖然として言った。
「じゃ、いいのね。この二人を戴いても」
「戴くって、もう!アンタ、日本語をもっと勉強しなさいよ。誤解を生むだけでしょうが、そんな言い方じゃ」
「そうかしら?」
「そうよ」
「別にいいんじゃないの、そんなこと。それより、来るの?」
レイを抱きしめているカヲルが頷いた。
「行きます。今すぐ」
「あら、それは困るわ。まだ私夏休み中だから」
この人ってどこまでマイペースなのかしら…。
アスカは溜息をついた。
「ねえアスカ」
「何よ」
「もう目を開けていい?」
「はぁ?まだ目を瞑ってたの、アンタ馬鹿ぁ?」
「酷いや、アスカが見るなって言ったのに」
「はいはい、じゃ目を開けなさいよ」
「うん」
シンジは目を開けると、アスカの手に握られた携帯を指差した。
「まだ、お父さん、何か叫んでるよ」
「へ?」
まだ通話中だったのだ。
ハインツにすれば、幻の赤木博士である。
この電話を切られては堪らない。
結局、アスカはリツコにインタビューを頼む羽目になった。
その代償はシンジだった。
レイの件もあるので、アスカは不承不承頷くしかなかったのである。
そして、幻の超天才科学者は再び白いヘルメットを被り、吉田鮮魚店のオートバイにまたがり去っていった。
明日のシンジのオイル塗りを楽しみにしながら。
「信じられない。夢…みたい」
別の服を着なおし、テーブルに座るレイの手をカヲルは優しく掌で包んだ。
「僕だって、そうさ。それから…もう、僕は君だけを見ているからね」
その声にはいつもの軽薄さがまるで無かった。
これでこの海岸に二度とシンドバットが現れることは無いだろう。
「本当に夢のようでございます。お金の件も、お身体の件も…何とかなりそうな気がいたします」
「大丈夫よ、何とかなるって」
アスカが自信たっぷりに言った。
「これまでの何年かが不幸だったんだから、その分も併せてきっと幸福になるわよ!」
「そうだね、僕もそう思うよ」
「ありがとう…」
「何が?」
「幸せたっぷりの貴方たちとお話したら、少しは幸せになるんじゃないかって…そう思ったの」
「幸せたっぷり?私が?」
「ええ、そうよ」
アスカは考えた。
自分は幸せか?
不幸な要素は…現時点ではまるでなかった。
毎日が楽しい。
それだけは確かだ。
「う〜ん、そうなのかも…よくわかんないけど」
レイは優しく微笑んだ。
周りの人間を幸せにできるほど、貴方たちからオーラが出てるの。
本人たちは全くわからないのかもしれないけど…。
私も幸せになりたい…。
そう念じて、レイはカヲルの手を握り返した。
きっと幸せになれる。
きっと……。
結論を先に言うと、この二人は幸せになった。
アスカの母親は見事にレイが受け取るべき金を100%勝ち取り、悪謀をめぐらせていた者を刑事罰にまで追い込んだのだ。
そして、身体の方もリツコが完璧に治癒した。
数年後、見違えるばかりに綺麗になった洋館で、幸福に暮らす3人の姿があった。
もちろん、今はそんなに夢のような未来を想像すらできなかったのだが。
こうして手を携えていられることの幸せをかみしめている、レイとカヲルであった。
その夜…。
レイたち3人はささやかな晩餐を楽しみ、
民宿の4人は布団の中で眠れぬ夜を過ごしていた。
ヒカリはトウジの存在感を感じ、
マナは波乱だらけのこの夜のことをひとつひとつ噛みしめ、
トウジは一生掛けてヒカリのことを愛しぬこうと考え、
ケンスケはようやくカメラが壊れた実感を感じ、しかしその喪失感を明日への希望に代替えしようと努めていた。
そして…。
「あがりっ!」
「また、負けた…」
「馬鹿シンジ、弱すぎっ!」
「だって、あんなに睨まれたらどっちがババか思わず見てしまうよ」
「はん!それも作戦よ!」
「ねえ、もう止めようよ。僕、眠たくなってきたよ」
「却下!次はポーカーね」
「ええ…、そんなの…」
「私に勝ったら、そうねぇ…ほっぺにキスくらいしてあげてもいいわよ」
アスカはせせら笑った。
シンジはアスカにわからないように唾を飲み込み、眠気を追い払おうと決意していた。
この勝負は負けられない!
午前4時。
散らばったトランプのカードの上に突っ伏して、寝息を立てて眠っている少年と少女がいた。
どうやら、賞品のキスは貰えなかったようだが、二人とも幸せな気分であったことは間違いない。
翌朝。
思った通りに幸せな気分になれなかった人間が一人いた。
シンジはゴッドハンドではなかった。
オイル塗りを始めて4分後、シンジはお払い箱になった。
そして、超天才科学者は考えた。
どうしてアスカがオイルを塗られていた時、あんなに至福の表情をしていたかを。
答えは見つかった。
「私の間違い、か。塗るのが巧いのではなく、彼の手だから。そういうことね」
そこまでは正しかったが、オイル塗りのために彼氏を探そうかと考えたところはいかにもリツコだった。
「えっ!クビになったのっ!きゃはははははっ!」
リツコのパラソルから徒歩2分。
監視のために赤いパラソルの下で双眼鏡を構えていたアスカの元にシンジがとぼとぼと現れた。
「そんなに笑わないでよ」
「あははっ!だって、おかしいじゃない!ぐふふふっ!」
アスカは仰向けになり、お腹を押さえながら足をバタバタさせていた。
「もう……じゃ、僕行くよ」
浜茶屋のバイトに戻ろうとしたシンジだったが、その足首はアスカにしっかりと握られていた。
「うわっ!」
もんどりうって砂浜に転がるシンジ。
「ひ、酷いや。何すんだよ」
「ば〜か。何言ってるのよ。さあ、さっさと始めなさいよ」
「え?何を?」
「忘れたの。馬鹿シンジ。アンタは私専属のオイル塗りなのよ。ほら、さっさとする」
アスカはうつ伏せになった。
砂を払いながら、シンジはアスカの白い背中を見つめた。
「いいの、僕、ゴッドハンドじゃないよ」
「いいわよ、別にそんなのじゃなくても。ほらぁ〜、早くする!」
「うん」
シンジはアスカの横に跪き、オイルを手につけた。
くぅ〜、気持ちいい!
どうしてこんなに気持ちいいのに、リツコはクビにしたんだろ?
ああ…、極楽……。
Act.2
R E I
THE END
ASUKA WILL RETURN
<あとがき>
レイ編その5です。
ああ、これじゃレイ編じゃないですよね。マナにしてもよかったような。
まあ、とりあえず、丸く収まったてことで。
次回、いよいよアスカ編…といってもずっと主役してますけどね。
「さらば夏の日」ってイメージで行きましょう。
2003.10.12 ジュン
感想などいただければ、感激の至りです。作者=ジュンへのメールはこちらへ 掲示板も設置しました。掲示板はこちら |